point of view point
そんなにたいしたことを書いたつもりじゃなかったのに、あまりのアクセス数に若干ビビリ気味。思いの外好意的に受け入れてもらえたようなので、ほっとしている。そうなってくると、自分が書いたことがあまり独創性があるわけではないという点に忸怩たる思いを抱いてしまう部分もあるので、少しずつ参考文献についても紹介していきたい。いや、参考文献というか、いまから考えて、これに自分は決定的な影響を受けているな、と思う本かな。そういう本は、別にそれを参考にしようと思っていなくても、実際に意見を出した後で、あ、結局はあれの言い換えに過ぎないかもな、とか思ってしまうようなものなのだ。もちろん僕らの思考は、常に巨人の肩に乗りつつ行われるものだから当たり前なんだけれども、どの巨人の肩に乗っているか、くらいは自覚的でありたいもの。
さて、わたしがコンピュータを仕事にしようと思ったきっかけを考えると、それ自体は星の数ほどあったけれど、「コンピュータ・サイエンス」というものがあるのだ(そして、それはとても広い領域を対象に考えられるものなのだ)ということを教えられたのは、この本だったように思われる。
- 作者: 坂村健
- 出版社/メーカー: 共立出版
- 発売日: 1987/06
- メディア: ハードカバー
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この本がどれくらいすごいか、ということに対する思い入れを語り始めると日が暮れるので(実際にこれに付き合わせてしまい、迷惑がられたことも一度や二度ではない(笑))、手短に書こう。この本は、80年代中頃から後半にかけて、日本のコンピュータシーンを大きく動かそうとした(けど結果的には動かなかった)TRONプロジェクトのいわばマニフェストとも言える本である。
これが、単なるマニフェストだったら、たぶんそんなに大きなインパクトを持たなかっただろう。では何が凄かったのか。それは、きちんとそれぞれの分野に対する先行研究をサマライズして良い点は誉め悪い点は指摘した上で、TRONをどういう原理原則を持ってデザインしているかを分かりやすく説明している点。この本の中から、今回の私のエントリと関係している章の目次を抜粋してみると、以下のようになる。
第2章 デスクトップのデザイン
- 紛争
- オペレーティング環境
- TRONでは
- 素人はこわい
- 新しいモデル
第3章 ダイナミック・ドキュメント
- はじめに仮身ありき
- ペーパーレス
- コンピュータは紙を目指す
- 紙を超えて
- 動的な文章
- 実身/仮身モデル
- 従来のモデルとの関係
- システム・アプリケーション
- データとアプリケーション
- データ互換性
- お回し
第7章 インターミッション
2章や3章、7章のパーソナル・コンピュータの(当時の)未来像に対する、先行研究の調査と分析は、未だに全く色褪せてない。わたしが、コンピュータの動きについて、実際どうなっているかということだけではなく、「このようにあるべきだ」というコンセプトから考えることができるのは、だから、まさにこの本に負っている。Windowsシステムにおいて「デスクトップ・メタファ」があくまでコンセプトの1つであることまで含めてきちんと分析されているし、その上でこの時点でMacintoshがなぜ使いやすいものに仕上がっているかということまできっちり分析されているのはさすがとしか言いようがない。第3章は、BTRONのデザインについての記述であって、最終的にはいろいろな理由があって普及しなかったものの、既にハイパーリンク的な考え方を整理して説明している。7章では、原始的なDRMのコンセプトまで述べられている。結果的にBTRONは普及しなかったし、それには相応の理由があったと思っている。でも、優れた思索はモノを残さなかったとしても、思想として必ず受け継がれる。この本は、いまでも、パーソナル・コンピュータというものを考える上で、充分に役に立つ重要な参考書籍だと思っている。興味がある人は、是非とも読んでみて欲しい。少なくとも、パーソナル・コンピュータの完成形は既に80年代の早いうちに構想されていて、20年後に実現されたものはその延長線上からそう大きく外れたものではないことを理解できると思う。(少し前のエントリで「Microsoftが大きな失敗をしなかった」というのは、そういうことを言っている)
それにしても、86年の段階でここまで考えられていたというのは驚異的といってもいいかもしれない。MacだってSystem6になってない(つまり、デフォルトではMultiFinderですらなくて、アプリとFinderが切り替わってた時代)。X-WindowだってまだX11はリリースされていない。OS/2は存在してないし、Windowsに至っては、今は無かったことになっている1.0だ。(Windowsは、1.0、2.11と2バージョンが闇に消え、メジャーになったのは3.0が改訂された3.1からだ)。もちろん、商用化されたものが殆どなかったとしても、ダイナブックというコンセプトは広く知られていたし、Altoを受け継いだStarもあったし、Smalltalkだってあった。既にカンブリア爆発は起こった後だったんだ。このあたりの詳細については、以下のサイトが参考になるだろう。