新教育基本法案全文

http://hakubun.cocolog-nifty.com/main/2006/03/post_b429.html

とりあえず前文を見てみる。

人類社会は今、幾多の歴史的経験の中で、世界の平和と繁栄、自然と人類との共生社会の実現をめざしている。
我らは自他の敬愛と協力のもと、自然との調和、多様な文化の受容と共存を培ってきた我が国の誇りある文化を受け継ぎ発展させ、人類社会に貢献することが、崇高な使命であることを確信する。
我らは、この使命を果たすために、広い国際的視野を保持し、我が国の豊かな伝統と文化に立脚する新しい教育の意義を自覚しなければならない。
ここに、その使命の実現が、家庭、学校、社会、国家を通じた教育によるものと認識し、我が国の教育の新しい基本を確立するため、この法律を制定する。

現行の教育基本法はこちら。
http://www.houko.com/00/01/S22/025.HTM

われらは、さきに、日本国憲法を確定し、民主的で文化的な国家を建設して、世界の平和と人類の福祉に貢献しようとする決意を示した。この理想の実現は、根本において教育の力にまつべきものである。
 われらは、個人の尊厳を重んじ、真理と平和を希求する人間の育成を期するとともに、普遍的にしてしかも個性ゆたかな文化の創造をめざす教育を普及徹底しなければならない。
 ここに、日本国憲法の精神に則り、教育の目的を明示して、新しい日本の教育の基本を確立するため、この法律を制定する。

さて、どこを立脚点にしてなにを尊重するかというところは何が変わってるでしょうか。

現行では

個人の尊厳、普遍的

となっている部分が、この法案では

敬愛と協力、調和、伝統と文化に立脚する

となってますね。

ここから「個人の自由と尊厳/普遍」という回路から「集団/秩序/伝統」という回路への価値観のシフトを見て取るのは、素直な解釈というものでしょう。

秩序と伝統は考えなくても出てくる。個人の自由と尊厳そして普遍という対象は、反省=内省なしでは取り出せない。

というわけで、まあなんというか、「普遍」というものを対象に考えるという「文化」は日本には根付かなかったんだね、ということを改めて感じたこの法案でした。理解できないものが見えないというのは、当然の流れです。